打越製茶農業協同組合

加賀茶の歴史

お茶栽培の歴史

打越町のお茶の生産は、大聖寺藩主の命により始められ、明治初期には、江沼郡、能美郡一帯で60ヘクタールを超える茶園があり、アメリカにも輸出されるなど一大産業だったといわれています。
明治末期から製造釜本が10家あり、当時、お茶仕の歌に「茶もみ唄」が歌われていました。
大正8年に、製茶組合が設立し、昭和23年に、現在の打越製茶農業協同組合に引き継がれました。
昭和33年、平成11年の2度に渡り、圃場整備事業が行われ、多くの茶畑が潰され水田へと変わっていきました。
しかし、打越町製茶組合では、お茶の生産を守るため、平成14年から15年にかけて新しいお茶畑1.2ヘクタールを造成しました。
平成21年から22年にかけて1ヘクタールを造成し、現在は3ヘクタールの面積となっています。

お茶の栽培管理

茶園の管理は、新しいお茶畑の造成に伴い、製茶組合の役員が中心となり、共同作業で行っています。
個人ごとに茶園の管理を行っていた頃は、剪定や施肥の時期が統一されていなかったため、茶葉の品質のばらつきが目立っていましたが、共同作業により 茶葉の品質の向上と均一化にも繋がっています。

茶園の管理お茶の生産

近年の取組み

1.販売網の拡大
長年、製茶組合の販売事務所で主に組合員を対象に販売してきましたが、平成22年にJA加賀農産物直売所(JAグリーン加賀元気村)や平成23年には、JA能美の直売所でも販売を開始しています。
各直売所では、「地元産のお茶」ということで、大変好評をいただいています。
2.紅茶の新商品開発
平成21年に、当組合と石川県茶商工業協同組合が連携して「茶レンジの会」を結成し、県中小企業団体中央会の指導・援助を受けながら打越産茶葉を利用した「加賀の紅茶」の新商品が開発されました。
紅茶の新商品開発